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ホンダに見る不屈の経営理念

あらゆる製品の模倣品が製造される中国。その規模は莫大だ。2000年時点、中国で摘発された不正品の総額は1兆1000億円に上る。「コピー天国 中国」とどのように向き合えばよいのか。その参考になるのがホンダの2輪車での対応だ。
 中国で年間に生産される1200万~1300万台の2輪車のうち、3分の2は模倣品と見られている。ホンダも模倣品に悩まされた。ホンダが中国で2輪車の生産を本格化させたのは1982年。現地企業への技術提携を通じてホンダブランドのバイクを製造し始め、92年には広州に現地企業との合弁企業を設立した。事業拡大の一方で、不正コピーの問題も大きくなった。

●HONDAでなくHONGDA
「HONDA」ではなく「HONGDA」。NとDの間にGを入れた紛らわしいロゴを付けるのは序の口だ。最初はこうした商標をマネたものが多かったが、中国企業の技術力が増すにつれて、外観を模したバイクも増え始めた。中国での販売が伸び悩み、模倣品が海外に輸出されて、ベトナムなど近隣諸国の販売にも影響を与えるようになった。
 90年代半ばから被害の深刻さが増したことで、ホンダは対策に出る。当時コピーバイクを製造していた中国企業は、数十社に及んでいた。このうち製造量の多い4社に対して、95年頃から警告状を送付し始めた。だが、収まる気配がないこともあり、97年に上海の企業を意匠権侵害で提訴した。ホンダは訴訟の対象になったバイクの意匠を、93年に中国で出願し翌年に登録を終えていた。
 だが被告企業も反撃に出た。ホンダが登録したバイクの意匠は、ある台湾企業が登録していた意匠と似ていると主張した。その台湾企業はホンダが中国で意匠登録する前に登録していることから、ホンダの意匠には新規性がなく無効だと中国当局に訴え出た。当局が取り消せば、ホンダが被告を訴える根拠を潰せるという戦術だ。
 被告側の主張で争点は意匠権の侵害から、ホンダの登録した意匠の有効性に移った。それに伴い係争の場は、裁判所から「専利復審委員会」に移った。専利とは、日本でいう特許や実用新案、意匠のことで、中国では専利としてひとまとめにしている。専利復審委員会は登録した「専利」に不服がある時などに、その是非を判断する機関になる。

●意匠権の無効決定を覆す
2001年9月、専利復審委員会は1994年に登録されたホンダの意匠は無効と判断した。2002年3月、ホンダは北京市中級人民法院に専利復審委員会の意匠無効決定の取り消しを求めて提訴した。中国の場合、専利復審委員会の決定に不服訴訟を提起できる裁判所は、第1審が北京市中級人民法院になる。中国は2審制であるため、最終審は北京市高級人民法院になる。
 ホンダは意匠の類似と非類似を判断する世界の基準から見て勝訴に持ち込めると見込んでいたが、半年後の2002年9月には敗訴判決が出る。1審判決を不服としたホンダは北京市高級人民法院に上訴した。中国は裁判の迅速化を目指し、半年をメドに審理を終える方針を立てている。最終審も1審同様、半年ほどで審理を終え、2003年5月に結審した。結果はホンダの勝訴となった。

●権利化を怠る日本企業
 ホンダが勝訴に持ち込めたのは、1994年に意匠権を取得していたことが大きい。国内であろうと海外であろうと、事業をする地域で自社の知財を権利化するのは基本中の基本だ。だが「日本企業の多くは、制度を活用する姿勢が希薄」とある弁護士は言う。
 特許庁の模倣被害調査報告書によれば、被害を受けた企業のうち中国で対象品に関する権利を取得済みと回答した企業は、全体の50%以下。商標権を取得済みの企業は39.5%、意匠権は16.6%、特許実用新案権は34.0%という状況だ。
 もちろん権利化だけで侵害をなくすことはできない。「登録して権利になった後が重要」とホンダの知的財産部の関係者は言う。ホンダの場合、海外で登録した権利が侵害されていないか、米国、欧州、中国の3拠点で監視するネットワーク網を築いている。また知財部だけでなく、販売の一線に立つ現地の営業部門や外部の法律事務所、調査会社などからも情報を交換できる体制を敷いている。

●故・本田宗一郎氏の方針
ホンダは創業者の故・本田宗一郎氏の時代から、海外の進出先で必要な知財を権利化する社風を脈々と築き上げてきた。代々技術系の社長が就任し、社長就任前の副社長もしくは専務時代に必ず知財の担当役員に就く仕組みがある。対策には全社的な連携が必要だというのがホンダの考えだ。
 例えば、知財での係争だけにとどまらず営業政策での対応もある。ホンダは模倣品会社と闘う一環として、廉価モデルを投入した。以前生産していた排気量100ccの業務用バイクは7000元していた。一方で、中国の地元メーカーが生産する同タイプのバイクは3000から5000元が多い。その状況を考え、ホンダは4500元で新製品を販売した。模倣品が出回る原因に、自社製品の価格が中国の消費者に高すぎる面もあるとみた。
 価格の見直しもあり、ホンダの中国での販売実績は2002年時点で、前年比13.7%増の92万1000台になり、2003年は113万7000台と同23.3%の増加となった。「裁判だけではなく、開発や営業面での対策も必要」とホンダの知財担当者は言う。 
 訴訟をするにしても、落としどころを考えながら行っている。例えば、正式にライセンス契約を結ぶこともある。ホンダの場合、意匠や商標は消費者の混乱を招きやすいとの判断から原則として外部にライセンスしない。一方で、エンジンなどの技術供与はある。2輪では模倣していた企業と合併企業を設立して、正式品企業に替えてしまう取り組みもある。
 はびこる中国の模倣品の被害から守るには、中国国内で知財の権利化をしっかり行い、権利取得だけで満足せず取得後も侵害がないかを調査する体制を敷く。調査の対象はその国だけとは限らず、世界中を対象にする。さらに侵害が起きた時に、知財部だけではなく、開発や営業など企業一体になって対応する対策を考える仕組みが必要だ。